自分をゼロにする勇気。異文化でお菓子を作るということ コラボライブ

オンラインサロンの活動

麻布十番「JURI’S TEA ROOM」の宮脇樹里さんをお迎えして、
YouTubeコラボライブ3回目を開催しました。

「おいしい」の基準は、みんな同じではありません。

イギリスでティールームを開業した樹里さんも、
自分が「おいしい」と思うお菓子が、現地のお客様に受け入れられるとは限らなかったそうです。

今回は、自分の中の基準をいったんゼロにして、
相手を知ることの大切さや、異文化の中でお菓子を作る難しさ、
そこから見えてきたことをお話しいただきました。

動画でご覧になりたい方はこちら

第409回Youtubeライブ
自分を“ゼロ”にする勇気。異文化でお菓子を作るということ

Youtubeライブは、毎週月曜21:30から開催しています。
文章で読みたい方に向けてブログに内容をまとめました。

フランス菓子が、そのまま通用するわけではなかった

── イギリスでティールームをされていた時と、日本に帰国してからでは、
お客様が全然違いますよね。
イギリスでティールームをされていた時のお話から聞かせてください。

樹里さん
私はとくもと先生と同じように、フランス菓子から入ったんです。
フランス菓子を中心に勉強してきたので、
イギリスの家庭で皆さんが食べて育ってきた味については、ほとんど知識がありませんでした。

しかも、ターゲットはそうした味を当たり前に食べてきた地元の方。
本当にゼロからのスタートで、毎日ドキドキしながらお菓子を出していました。

最初はコルドン・ブルーで習ったフランス菓子を出せば大丈夫かな、と思っていたんです。
でも、コッツウォルズは昔からの食文化がしっかり残っているところ。
すぐに「これは違う」と気づきました。

画像は樹里さんから提供いただいたものです。

── でも樹里さんは、きちんとフランス菓子を学ばれていたわけですよね。
それをコッツウォルズのお客様に出した時、反応はどうだったんですか?

樹里さん
ロンドンから週末に来られるような、フランス菓子にも慣れている方は、
「おいしい、このタルト最高」と言ってくださるんです。

でも、私が来てほしかったのは地元の方でした。
イギリスでは家で紅茶を飲めますし、
ビクトリアケーキやスコーンも家庭で作ります。
それでも、わざわざティールームに来ていただけるものを作らなければいけない。

地元の方が通ってくださって、
「今日はいい天気ね」と会話をするような、
暮らしに根づいたティールームにしたかったんです。

「いつものケーキ」がなければ帰ってしまう

── だから観光客だけではなく、
地元の方に来てもらえるお店にしたかったんですね。

樹里さん
そうなんです。
ウィンチコムは人口5000人ほどの小さな町で、
観光地でありながら、そこに暮らしている人たちの生活がある町なんです。

当時、町にはティールームが3軒ありました。
地元の方には、それぞれお気に入りのティールームがあって、
「ここに通う」と決めたら、本当にずっと通ってくださるんです。

お菓子にもそれぞれお気に入りがあって、
キャロットケーキが好きな方、コーヒーケーキが好きな方。
今でもお客様のお顔が浮かびます。

だから、その方が好きなケーキを切らしてはいけないんです。
普通なら「今日はチーズケーキがない」と言われたら、
「じゃあ別のケーキにしよう」となりますよね。
でも、ないとUターンして帰ってしまう。

そういうお客様に来ていただくには、
ちゃんとイギリス菓子を作れないと、地元に根づいていけないし、
信頼関係も築けないと思いました。

ウィンチコムは人口5000人ほどの小さな町で、
観光地でありながら、そこに暮らしている人たちの生活がある町なんです。

当時、町にはティールームが3軒ありました。
地元の方には、それぞれお気に入りのティールームがあって、
「ここに通う」と決めたら、本当にずっと通ってくださるんです。

お菓子にもそれぞれお気に入りがあって、
キャロットケーキが好きな方、コーヒーケーキが好きな方。
今でもお客様のお顔が浮かびます。
だから、その方が好きなケーキを切らしてはいけないんです。

普通なら「今日はチーズケーキがない」と言われたら、
「じゃあ別のケーキにしよう」となりますよね。
でも、ないとUターンして帰ってしまう。
そういうお客様に来ていただくには、
ちゃんとイギリス菓子を作れないと、地元に根づいていけないし、
信頼関係も築けないと思いました。

「地元の味」をどうやって学んだのか

── それまでフランス菓子を学んできて、
そこから地元密着のイギリス菓子へ切り替えなければならない。
しかも、ほとんど知らない状態ですよね。

どうやって現地の味を学んだんですか?

樹里さん
当時は今のようにオンラインで学べる時代でもありませんでした。

イギリス菓子は、お母さんから娘へというように、
家庭の中で受け継がれていくものも多いんです。

専門的に学べる場所も限られていたので、
お店を1週間休んで、遠方のベーキングスクールへ一人で学びに行ったこともあります。

それから、地元のファーマーズマーケットにも行きました。
おばあさまが一人で手作りのお菓子を販売しているようなお店で、
「あれも、これも」とたくさん買って。
そういう家庭的な味も、とにかく食べました。

テレビも見ましたし、
イギリス菓子は歴史があるので、そこからどんどんのめり込んで、
19世紀の古い料理書や、ミセス・ビートンの本まで読むようになりました。

── すごいですよね。
習いに行くだけではなく、地元のお菓子を買って食べて、
テレビを見て、さらに歴史まで調べて。
そうやって現地の味を作り上げていったんですね。

樹里さん
毎日ドキドキしながら、
キッチンの奥からお客様の反応を見ていました。

自分が作ったものを出して、現地の方がどう反応するのか。
「あ、よかった」「もう少しこうしよう」と、
毎日答え合わせをしているような感じでした。

イギリスのレシピが、日本ではまったく違うお菓子に

── そうやってイギリスで現地の味を作り上げても、
今度は日本へ帰ってきたら、また違ったんですよね。

樹里さん
驚きました。最初に感じたのは気候の違いです。

2016年に三越の英国展に参加した時、
イートンメスに使うメレンゲを大量に作らなければならなかったんですが、
日本は湿気が多くて、メレンゲが全然乾かないんです。

イギリスではメレンゲはスーパーでも普通に売られていて、
家庭に当たり前にあるものなんです。
でも日本では自分たちで作らなければいけない。
大量に必要なのに、全然乾かなくて。

スタッフの方が乾燥用の機械を持ち込んでくださって、
ようやくきれいに仕上げることができました。

── 気候だけでも、そんなに違うんですね。

樹里さん
本格的に日本でお店を始める時には、
イギリスで使っていたレシピを日本のスタッフに渡して作っていただいたんですが、
同じレシピなのに、まるで違うものができてしまったんです。

粉も違いますし、ミルクやバターも違う。
土地が変われば、食材も変わります。

さらに難しかったのが「食感」でした。
フランスで長く修業されたようなプロのシェフにお願いしても、
なかなか同じ食感にならないんです。

何度も作っていただいて、焼いて、味を見て、また作っていただいて。
技術がないわけではありません。

決定的に違うのは、
その土地で暮らし、そのお菓子を食べてきた経験なんです。

「このお菓子はこういうもの」というゴールが自分の中にないと、
説明されても、経験していないものは想像するしかありません。
最後はどうしても、自分が「おいしい」と思う方向へ仕上げてしまうんですよね。

「おいしい」ではなく、それは「育った味」

── そこって、すごく大事ですね。
そもそも「おいしい」って何だろう、という話になりますよね。

樹里さん
そうなんです。
異文化、特に食文化を学ぶ時には、
自分を「無」にしないと学べないと思うんです。

自分の中にある物差しで相手の文化を測ろうとすると、
見えてこないものがあります。

「おいしい」「まずい」ではなくて、
それは、その人が「育った味」なんですよね。
ある時、自分の中にあった基準をなくして、
フラットな状態で学ぶようになりました。
そこを境に、イギリスの方が喜ぶお菓子を作れるようになっていったんです。

── 自分をゼロにするというか、
真っ白な状態で新しいものをそのまま吸収する。

でも、どうしても自分の「おいしい」という基準を入れてしまいがちですよね。
どうやったら、そこまでフラットになれたんですか?

樹里さん
「相手を理解したい」という気持ちだと思います。

最初は、
「私はこんなにおいしいと思うものを作っているのに、どうして分かってくれないんだろう」
という気持ちがありました。
今思えば、そこには偏見や傲慢さもあったんですよね。

でも、
「なぜイギリスの方はこれを愛しているんだろう」
「どこがいいんだろう」
と聞くようになりました。

自分が感じる違和感を、逆にヒントにしたんです。
「なぜ、この硬さが好きなんだろう」
「なぜ、この食感なんだろう」と。

日本人がおいしいと思う「ふわっとした食感」が響かない?

── イギリスの方が好む食感は、日本人とは違うんですか?

樹里さん
違いますね。
イギリスの中でも地域やお店によって違います。

例えば、カントリーサイドのかわいらしいティールームで出てくるスコーンは、
ロックのようにごつごつして、ザクザクとしたものもあります。

一方、ロンドンの格調高いティールームでいただくスコーンは、
もう少し小ぶりで、しっとりしたものもあります。

私は「おいしい」を考える時に、
温度と食感をすごく大切にしているので、
食感については現地の方にたくさん聞きました。

面白かったのは、
海外生活が長かった頃、日本のカステラやショートケーキを
イギリスの方に食べてもらった時です。

日本人なら、あのやわらかな食感を繊細でおいしいと感じますよね。
でも当時のイギリスの方には、それが全然刺さらなかったんです。

もちろん時代もあると思います。
今は日本へ何度も旅行される方も増えて、
日本のお菓子を知っている方もたくさんいらっしゃいます。
でも当時は、私たちがおいしいと思っているものを、
同じようにおいしいと感じるわけではなかったんです。

── やっぱり、体験しているかどうかって大きいですよね。

食べた経験を重ねて、
「これがおいしい」という感覚が少しずつできていく。

その感覚がない状態で突然食べても、同じようには感じないということですよね。

樹里さん
そうなんです。だから、自分が感じた違和感から、
「相手はこういうものを求めているんだ」と一つずつ探っていきました。
思いが強くて、
「私はお菓子が好きだから、これを焼きたい」だけでは通用しない。
そこには、その土地で受け継がれてきた文化があるんですよね。

環境が変われば「正解」も変わる

── 私もすごく共感するところがあります。

以前は、現地の素朴なお菓子を見ても、
「私が作りたいのは、もう少し洗練されたフランス菓子」
という気持ちがありました。

当時は分からなかったけれど、
今思えば、それも同じことだったんだと思います。

自分の中にある「フランス菓子がおいしい」という基準で見ていたから、
現地のお菓子の良さが分からなかった。

樹里さんのように、一度真っ白になって現地の方を知ろうとする過程があれば、
見え方も違ったんだろうなと思います。

樹里さん
孤独でしたね。ずっと一人で、
「何が正解なんだろう」
「私が今まで習ってきたものは何だったんだろう」
と思いながら試行錯誤していました。

「このケーキ、ちょっと古くないかしら?」

── でも、環境が変われば正解も変わりますよね。
その場所ではそれが正解でも、文化が変われば常識も変わる。
そこに柔軟に合わせていけるかどうかも、大事なのかもしれませんね。

樹里さん
そして日本に帰ってきたら、
今度は逆のことをしなければならなくなりました。

高校生の頃から日本を離れていたので、
日本の食材についてもほとんど知らなくて、また一からです。

日本でお店を始めた時、
イギリスのお菓子をそのまま出して大丈夫なのかなという不安がありました。
そして、その不安が的中しました。

ある時、店長から「お客様に対応してください」と呼ばれたんです。
店頭に出ると、お客様から、
「こちらのケーキ、今いただいたんですけれども、
ちょっと古くないかしら?」と言われました。

── それは驚きますね。

樹里さん
ビクトリアケーキだったんですが、
私はあえて、もろっとした食感を出したくて、
何日も苦戦してその食感に仕上げていたんです。

でも日本のお客様には、
その「もろっ」とした食感が、
日にちが経ったケーキのように感じられたんですよね。

それで、イギリスのビクトリアケーキはこういうお菓子で、
この食感にはこういう意味があるんです、と説明しました。
その方とは1時間くらいお話しして、
すっかり親しくなったんですよ。

「クレームを言いたいわけじゃないのよ。
なぜこういう食感なのか知りたかったの」
とおっしゃって。

初めてイギリス菓子について知って、
最後には「聞いてよかったわ」と納得してくださいました。

お客様が変われば「おいしい」の正解も変わる

── イギリスでティールームをされていた時と、
日本に帰国してからでは、お客様が変わったことで、
お店づくりやお菓子のレシピにもいろいろな苦労があったと伺いました。

お客様が変わると、コンセプトも含めてすべてが変わるんだなと思ったんです。

お菓子作りを仕事にしていると、私もそうなんですが、
ついつい「自分が作りたいお菓子」に目が向いてしまいます。
でも本当に大事なのは、相手を知ることだと思うんですよね。

樹里さん
私はとくもと先生と同じように、フランス菓子から入ったんです。
フランス菓子を中心に勉強してきたので、
イギリスの家庭で皆さんが食べて育ってきた味については、ほとんど知識がありませんでした。
それこそ、前提知識ゼロからのスタートです。

しかも、ターゲットはイギリスのお菓子を当たり前のように食べて育ってきた地元の方。
毎日が挑戦で、分からないままドキドキしながらお菓子を出していました。

最初の頃は、コルドン・ブルーで習ったフランス菓子を出せば大丈夫かなと思っていたんです。
でも、コッツウォルズは昔からの食文化がしっかりとあるところ。
実際にお菓子を出してみて、すぐに「フランスとは違う」と気づきました。

イギリス菓子について知っていたのはスコーンくらい。
本当にそこから、イギリスでのお菓子作り、ティールームがスタートしました。

フランス菓子を出しても、地元のお客様には響かない

── 樹里さんはコルドン・ブルーでしっかりフランス菓子を学ばれて、
きちんとしたお菓子を作られていたと思うんです。

それをコッツウォルズの方に出した時、
お客様の反応はどんな感じだったんですか?

樹里さん
ロンドンから週末に来られるような、
フランス菓子にも慣れている方は、
「おいしい、このタルト最高」と言って食べてくださるんです。

でも、私がターゲットにしたかったのは、本当に地元の方でした。
家にあるティーバッグでも紅茶は飲めますし、
ビクトリアケーキやスコーンも家庭で作ります。

それでも、わざわざティールームに来ていただくには、
ご家庭で食べているものを超えるものを作らないといけない。

地元の方に通っていただいて、
「今日はいい天気ね」と会話をするような、
暮らしに根づいたティールームにしたいという思いがすごくありました。

── 観光客の方はもちろんありがたいけれど、
本当に来てほしかったのは地元の方だったんですね。

樹里さん
本当にそういうお店にしたいと思っていました。
ウィンチコムは人口5000人ほどの小さな町です。

コッツウォルズの中でも、観光客が訪れる町と、
地元の人たちが実際に暮らしている町では少し違うんです。

ウィンチコムは、人々の暮らしがある町でした。
だからこそ、そこで地元の方に来ていただけるティールームをやりたかったんです。

地元のお客様には「いつものお菓子」がある

樹里さん
ウィンチコムには、当時ティールームが3軒あったんです。

人々の暮らしがある町と、観光地として美しい町って少し違うんですよね。
ウィンチコムにはスードリー城があって、世界中から観光客が訪れる一方で、
そこに暮らす人たちの日常もある。

小さな町なので、みんな顔見知りのようなところもあって、
そういう町で地元の方に来てもらえるお店を作りたかったんです。

そして地元の方には、それぞれお気に入りのティールームがあるんですよね。
「ここ」と決めたら、ずっとそこに通い続ける。
いい意味での頑固さというか、保守的なところもあると思います。

お菓子もそうで、
キャロットケーキが好きな方、コーヒーケーキが好きな方と、
それぞれ「これが好き」というものが決まっているんです。
今でもお客様のお顔が浮かびます。

だから、そのお菓子を切らしてはいけないんですよ。
普通なら「今日はチーズケーキがない」と言われたら、
「じゃあ別のケーキにしよう」となりますよね。
でも、ないとUターンして帰ってしまう。
そういう地元の方に来ていただくには、
ちゃんとイギリス菓子を作れないと、地元に根づいていけないし、
信頼関係も築けないんです。

イギリス菓子を辿るとフランス菓子につながる

樹里さん
歴史を調べていくと、
イギリス菓子とフランス菓子にもいろいろなつながりがあるんです。
例えば、イギリスにはブレッド&バタープディングというデザートがありますよね。

フランス菓子には「ディプロマ」という、
パンを卵液に浸して湯煎で焼く、パンプディングのようなデザートがあります。

もしかするとフランス人の外交官がイギリスでブレッド&バタープディングを知り、
フランスへ持ち帰ったことで「ディプロマ」と呼ばれるようになったのではないか、
とも考えられるんですよね。

── 実はルーツがイギリスだったというものがあると、
お菓子の見方も変わりますね。

樹里さん
そうなんです。
そういうことを発見すると、イギリスを学ぶ意義があるなと思って。
そこからますますのめり込んで、最後は歴史まで調べるようになりました。

── 樹里さん、本当に勉強家ですよね。

実際に習いに行って、地元のお菓子をたくさん買って食べて、
テレビを見て、さらに歴史まで調べる。
そうやって、現地の味を作り上げていったんですね。

樹里さん
毎日ドキドキでした。
お客様の反応をキッチンの奥から見て、
「お客様、なんて言ってた?」と聞いて。

でも、怖いけれどありがたい環境ですよね。
毎日、答え合わせができるわけですから。
自分が作ったものを出して、現地の方の反応を見る。
「あ、よかった」「もう少しこうしよう」と、
それを毎日繰り返していました。

── それをずっと続けていくことで、
どんどん洗練されていったんでしょうね。
まさに、現場で磨かれた味という感じがします。

イギリスで作り上げた味が、日本では通用しない?

── そうやって現地の味を作り上げて、
イギリスにずっといたら、その味で続けていけたと思うんです。
そこから日本に帰ってきた時はどうだったんですか?

樹里さん
驚きました。
レシピの数字自体は、そのまま持ってきて再現できると思っていたんです。
ただ、日本でお店をするなら、レシピよりもまず気候が
大変かもしれないという予感はありました。

2016年、三越の英国展に参加した時に、
メレンゲを大量に作らなければならなかったんです。

ところが、日本では湿気でメレンゲが全然乾かないんですよね。
イギリスではメレンゲはスーパーでも普通に売られていて、
家庭にも当たり前にあるものなんです。

わざわざ一から作らなくても、買ってきてそこからお菓子を作ることができます。
でも日本では売っていないので、自分たちで作らなければならない。
しかも催事なので、ものすごい量が必要でした。

全然乾かなくて。スタッフの一人が、
野菜やハーブ、フルーツなどを乾燥させる機械を持ち込んでくださって、
それを使ったら、ようやく真っ白できれいなメレンゲに仕上がりました。
日本の湿気は本当に大変でしたね。

── 催事となると、作る量もかなり多いですよね。

樹里さん
そうなんです。その催事では、イギリスのティールームを日本で再現するということで、
インテリアも含めて、かなり本格的に空間を作っていただきました。

催事のためにメニューも考案して、その中にイートンメスがあったんです。
それが大人気だったので、大量のメレンゲが必要になりました。
でも、作っても作っても乾かない。

最後は3日間くらい昼夜問わず、ものすごい勢いで仕上げました。

同じレシピなのに、まるで違うお菓子になる

── 気候の違いだけでも大変だったんですね。
そこから本格的に日本でお店を出すことになった時は、
イギリスのレシピをそのまま使えたんですか?

樹里さん
それが、全く使えなかったんです。
イギリスで使っていたレシピを日本の現場の方にお渡しして、
そのまま作っていただいても、
まるで違うお菓子になってしまうんですよね。

── それは粉が原因なんですか?
何がそんなに違うんでしょう?

樹里さん
やっぱり粉などのキーイングリーディエンツですね。
粉も違いますし、ミルクやバターも違う。

イギリスのものと比べると、味の濃さも違いました。
でも、それは日本の食材の良さでもあって、
繊細な感じがするんですよね。

土地が変われば、食材も変わる。
同じレシピをそのまま持ってくれば、
同じお菓子ができるわけではないというのが面白かったです。

プロが作っても、同じ食感にならない

樹里さん
プロの方にお願いしても、今度は食感が違うんですよね。
私が一度作って見ていただいて、
その後、フランスで何十年も修業されたようなシェフパティシエにも作っていただきました。

一つのお菓子を何度も作っていただいて、
焼いて、味を見て、また数日後に作って送っていただいて確認する。
それを何度繰り返しても、なかなか同じものにならないんです。

でも、それが何年か前の自分を見るようで面白かったんですよね。
プロなのになぜそういうことが起こるのかというと、
決定的に違うのは、その土地での暮らしなんです。

技術の問題ではなくて、
その暮らしの中にあるお菓子は「こういうもの」という軸がないと、
最終的なゴールが分からない。

経験していないものは、いくら説明されても想像するしかないですよね。
そして最後は、どうしても自分が「おいしい」と思う方向に仕上げてしまう。
そもそも「おいしい」の基準が違うんです。

「おいしい」ではなく「育った味」

── そうなると、
そもそも「おいしいって何だろう」という話になりますね。

樹里さん
そうなんです。異文化、特に食文化を学ぶ時には、
自分を「無」にしないと学べないと思うんです。

自分の中にある物差しで相手の文化を測ろうとすると、
見えてこないものがあるんですよね。

「おいしい」「まずい」ではなくて、
それは、その人が「育った味」なんです。

だからこそ、それを大切にしないといけない。
ある時、自分の中にあった物差しをなくして、
フラットな状態で学ぶようになりました。
そこを境に、イギリスの方が喜ぶお菓子をどんどん作れるようになっていったんです。

自分を「ゼロ」にするために必要だったこと

── フラットになる、自分をゼロにするというか、
真っ白な状態で新しいものをそのまま吸収する。

でも、どうしても自分のフィルターを通してしまうし、
自分の「おいしい」という基準を入れてしまいがちですよね。

どうしたら、そこまで自分をゼロにできたんですか?

樹里さん
「相手を理解したい」という気持ちですかね。
最初は、
「私はこんなにおいしいと思うものを作ったのに、どうして分かってくれないんだろう」
という気持ちがありました。

そこには偏見や傲慢さもあったんですよね。
でも、イギリスの方が
「なぜこれを愛しているんだろう」
「どういうところがいいんだろう」
と聞くようになりました。

そして、自分が感じる違和感を逆にヒントにしたんです。
「なぜ、この硬さが好きなんだろう」
「なぜ、この食感なんだろう」と。

同じスコーンでも、好まれる食感が違う

樹里さん
例えばスコーンも、イギリスの中でいろいろあります。
カントリーサイドの小さなティールームで出されるスコーンは、
石のようにごつごつした、ザクザクとしたものもあります。

一方、ロンドンの格調高いティールームでいただくスコーンは、
少し小ぶりで、しっとりした感じだったりします。

そういう自分の中の小さな違和感をヒントに、
「どうすれば、この食感に近づけられるんだろう」と分析していきました。

私は「おいしい」を考える時に、
温度と食感をすごく大切にしているので、
食感についてはイギリスの方にたくさん聞きましたね。

── イギリスの方は、どんな食感を好むんですか?

樹里さん
ザクザクしたものや、しっかりした歯触りなど、
比較的そういう食感を好みますね。

面白かったのが、日本のカステラやショートケーキを食べてもらった時です。
海外生活が長いと日本のお菓子が恋しくなるので、
日本から来る方にカステラなどをお願いすることがあったんです。

そうやって手に入れた貴重なカステラを
「これが日本のカステラ。おいしいでしょう」とお裾分けしたり、
ショートケーキを作って食べてもらったりしても、
当時はあまり響かなかったんですよね。

私たち日本人が繊細でおいしいと感じる、
やわらかく、しっとりした食感に、それほど感激されなかったんです。

もちろん、時代もあると思います。
今は日本を何度も旅行される方も増えて、
日本のお菓子を知っているイギリスの方もたくさんいらっしゃいます。

今なら「日本のショートケーキって最高だよね」と
言ってくださる方もいると思います。

でも当時は、私たちがおいしいと思う食感が、
イギリスの方にも同じように響くわけではなかったんです。

「おいしい」は、食べた経験の中でつくられる

── やっぱり、体験しているかどうかって大きいですよね。

日本に来たことがあって、日本のお菓子を何度も食べていると、
少しずつ「これがおいしい」という感覚ができてくる。

でも、その感覚がまだない状態でいきなり食べても、
「これが日本のお菓子なんだ」で終わってしまうこともありますよね。

樹里さん
そうなんです。せっかく貴重なカステラを一切れお出ししたのに、
思っていたような反応ではなくて、
「あ、違うのね」と感じました。

同じ焼き菓子でも、
しっとりして弾力があるものをおいしいと感じるかどうかは、
やっぱり違うんですよね。

でも、その違和感をどう捉えるかが大事でした。
「相手はこういうものを求めているんだ」と気づいたら、
逆にそこを強調して作ってみる。

何が正解か分からないところからのスタートだったので、
思い切ってやってみたら、
「ナイス」と言われて、
「あ、これがよかったんだ」と一つずつ探っていったんです。

やっぱり、「お菓子が好きだから、これを焼きたい」だけでは通用しない。
そこには、その土地で長く受け継がれてきた食文化があるんだと思います。

── 外国のお菓子を作るというのは、
見よう見まねで同じように作ればいい、ということではないんですね。

環境が変われば「正解」も変わる

── 私もすごく共感します。

以前は、現地の素朴なお菓子を見ても、
「私が作りたいのは、もう少し洗練されたフランス菓子」
という気持ちがあったんです。

当時は分からなかったけれど、
今思えば、それも同じことだったんだと思います。

自分の中にある
「洗練されたフランス菓子がおいしい」という基準で見ていたから、
現地のお菓子の良さが見えていなかった。

樹里さんのように、
一度真っ白になって現地の方を知ろうとする過程があれば、
見え方も変わったんだろうなと思います。

樹里さん
孤独でしたね。
ずっと一人で、
「何が正解なんだろう」
「私が今まで習ってきたものは何だったんだろう」
と思いながら試行錯誤していました。

── でも、環境が変われば正解も変わりますよね。

その場所ではそれが正解でも、
文化が変われば常識も変わる。
そこに柔軟に合わせていけるかどうかも、大事なんでしょうね。

日本に戻ると、今度は逆の壁に

樹里さん
そして日本に戻ったら、
今度は逆のことをしなければならなくなりました。

私は高校生の頃から日本を離れていたので、
日本の食材や食事情もよく分からなくて、
また一からのスタートだったんです。

三越のお客様はとても洗練されていて、
「イギリスのお菓子をそのまま出して大丈夫かな」
という不安がありました。
そして、その不安が的中しました。

ある日、店長から
「お客様に対応してください」と呼ばれたんです。
店頭に出ていくと、
ビクトリアケーキを召し上がったお客様から、
「こちらのケーキ、ちょっと古くないかしら?」と言われました。

「古いケーキ?」と思われたビクトリアケーキ

── それは驚きますね。

樹里さん
私もびっくりしました。
でも、そのビクトリアケーキは、
あえて「もろっ」とした食感を出したくて、
何日も苦戦して仕上げたものだったんです。

イギリスでは、そういう食感もそのお菓子らしさの一つ。
でも日本のお客様には、
その食感が「日にちが経ったケーキ」のように感じられたんですよね。

それで、
「イギリスのビクトリアケーキはこういうお菓子で、
この食感にはこういう意味があるんです」と説明しました。

その方とは1時間くらいお話しして、
その間にすっかり親しくなったんです。
「クレームのつもりじゃないのよ。なぜ、こういう食感なのか知りたかったの」
とおっしゃって。

食材にもとても興味がある方で、
何が入っていて、なぜこういう食感になるのか、
自分の中で納得したかったんだと思います。

最初は「古いケーキなのかしら」と感じていたけれど、
イギリス菓子について知っていただいて、
最後には「聞いてよかったわ」と言ってくださいました。

── 説明があったから伝わったんですね。

もし何も知らずに帰られていたら、
「古いケーキだった」という印象のまま終わっていたかもしれない。

同じお菓子でも、
文化や、それまで食べてきたものによって、
受け取り方がこんなに変わるんですね。

JURI’S TEA ROOMは下北沢へ

── これからのお店についても少し動きがあるそうですね。

樹里さん
今もティールームに来てくださるお客様が
「また来ます」と言って帰ってくださるので、
そろそろ親しい方やリピーターのお客様には、
次の計画をお話ししようかなと思っているところです。

今の麻布のお店から場所を移して、
下北沢の方で新しい形のお店を考えています。

一緒にやってくださる方もいて、
今は準備や打ち合わせを進めているところです。

今より少しサイズダウンして、自分のできる範囲で、
体を壊さず長く厨房に立てる働き方に変えていきたいと思っています。
今度は一人ではなく、何人かでチームとしてやっていけたらと思っています。

── 麻布十番と下北沢では、
またお客様も少し変わりそうですよね。
メニューも変わっていくのかなと思うと楽しみです。
オープンはいつ頃を予定されていますか?

樹里さん
来年、年が明けて、
できれば早い時期にと思っています。

3回のコラボライブを終えて

── 今回は、ハピーツスイーツサロンのリアルイベントに向けて、
3回にわたって樹里さんとのコラボライブをお届けしました。

イギリスでのお菓子づくりやティールームのお話、
本当にたくさん聞かせていただきました。

樹里さん
私自身も久しぶりに、イギリスで始めた頃のことを思い出しました。
もう一度初心に戻って、
イギリス菓子に新鮮な気持ちで向き合えるような気がします。

── このライブを、
もしかしたら1年後に見る方もいらっしゃるかもしれません。

イギリスが好きな方、ティールームが好きな方、
海外で暮らした経験があって、日本に帰って仕事を始めたい方。

きっと、同じような壁にぶつかったり、
試行錯誤することがあると思います。

そんな時に、
「みんな、こんなふうに試行錯誤しているんだな」と
樹里さんのお話を思い出していただけたらと思います。

異文化の中に入っていくのは大変だけれど、
その中でしか見えないものもありますよね。

樹里さん
知らなかったからこそ、飛び込めたんだと思います。
知っていたら、わざわざ自分からそんな苦労をしなかったかもしれません。

3回にわたるYoutubeライブも今回が最終日。
ご覧くださってありがとうございました!
またイベントが終了しましたらレポートしたい思います。

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プロフィール
お菓子づくりのプロを育てる専門家
とくもと さとこ

お菓子教室Atelier S Liaison(2006年開業)主宰
のべ3800人以上を指導
地元素材を使った「和モダンフランス菓子」
お菓子のプロを目指す方に
製菓理論とお菓子の基礎を学べる講座を提供
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